障害者1級の視力レベルからかなり視力が戻ってきました。

タイトルはちょっと大げさかもですが、結構マジの経験です。病気で入院したことで、とても貴重な体験ができたので、シェアします。

約5年前、2014年12月に1週間ほどで急激に目が見えなくなってくる「ぶどう膜炎」という病気に右目だけがかかり、緊急入院するものの再発を繰り返してそのまま視力を失ったのですが、2020年2月中旬にそれが正常だった左目にもきて、緊急入院を言い渡され1週間ほど、入院していました。(再発しやすいので、再発の危険性はありつつも、1週間で退院して今はおかげさまで、回復してきてます。)

5秒だけでも時間をとって想像してみてほしいんですが、あと1週間で目が見えなくなるとしたら、どう感じますか。

大好きな人の顔は?
見えません。

家族の顔は?友達の顔は?
見えません。

今までの仕事は?
できません。

イギリスでの生活は
続けられません。

大好きなテニスは?
見れません、できません。

難病になったことをきっかけに長く働けないことから、せっかく好き4(毎日4時間だけ、好きなときに、好きな場所で、好きな人と、好きなことを仕事にして、自分も周りも幸せになるライフスタイル)を実現したのに今度は両目が見えず、片耳が聞こえない生活(両目が見えないだけでなく片耳も聞こえないとどこから声がしてるかわからないため、ほぼ要介護状態になる)にシフトしないといけません

両目が見えなくなることが僕にとっては、目からの情報量がほとんどな現代においても、死を意味してました。

本当にショックでした、怒りました、泣きました。

ただ、そんな状態の中で学んだことがあります。

どういうことかというと、1週間もないカウントダウンで刻一刻と迫ってくる死を意識したときに、本当に大事なものが見えてくるということです。

大事なものとは

たとえば

自分の才能を本当に使っていますか。 

今やってるその仕事は本当にやりがいがありますか。

他の人の目をそんなに気にする必要がありますか。

大事な人とちゃんと丁寧に過ごせてますか。

向き合わないといけないことを先延ばしにしてませんか。



どれも死を意識すると、自分がいかに、この超情報時代において無駄なことをしてたり、目を背けていたりしていることに気付けました。

僕は昔から体が弱かったため普通のサラリーマンはできないなと薄々感じていて、キャリアについて人一倍、考えなければならない機会が多く、5年前に右目が見えなくなった病気になったときから準備をしていました。

優先順位についてはしっかり意識してやってきたつもりでしたが、それでも不十分だったことが今回わかったのです。

幸運なことに、5年前に病気になったときからいつか両目が見えなくなる可能性も考えていた5年間の準備で、好き4というライフスタイルを身につけて、自分の理想のキャリアを歩んできたことが今回活きました。

5年前に引き続き今回も、病気がどんどん進行して失意のドン底でしたが、ここまで準備して、理想のキャリア・生き方を歩めてきたし、入院中の1週間も、みんなの力も借りつつ、お医者さんと全力で病気に向き合ってダメならしょうがないと踏ん切りがつくようになって、復活することができました。

この5年の準備が、入院期間中のメンタルの安定へとつながりました。

前回は医療のこと、病気のこと、なんにもわかっておらず、

あのときああしておけば右目は救えたかもしれない

と後悔することばかりでしたが、今回は自信を持って、これがベストな選択肢だと治療に専念することができました。

死ぬときに後悔しないためにはやり切った感覚が大事。それがダメならもうしょうがない。今回はそれに近い成功体験ができて、すべてはパートナー、友達のおかげです。

難しい病気、かつ英語での医療関係についてのディスカッションは、めちゃくちゃ大変でしたが。。。



生死をさまよう中での極限の状態だったからなのか、脳のリミッターが外れて、入院中の一週間は英語力が信じられないくらい、伸びました。

これまで約二年間のイギリス生活より上達した感覚です

パートナー、周りの友達に助けてもらって、もう一生の恩と言っても過言ではないです。恥ずかしながら、本当のピンチになった時にどれほど助けられたのかで、周りの人に感謝することを学びました。ただ感謝するというレベルではなく語彙力がないですが、ピッタリな言葉が見つかりません。

今回、治療方針を決める上で相談に乗ってくれた友人にはこの先、10倍返しです。



人生で後悔しないためには、ベストなものを選んだという自覚が何よりも大事だと思うのです。

メンタル的に乗り切ってからというものの、これまで表立っては現れないけど、人が潜在的におそれる恐怖がなくなりました。

自分の死以外にたとえば

・身近な人
・人の目

身近な人の死は今回乗り越えた経験から、同じようにどうすれば後悔しないのかがわかりました。



人の目は身近なところでいうと、右耳は幼少から聞こえず、それについてカミングアウトすることになにか抵抗感を感じていました。

親しい人には理解してもらいたいので言うこともありますが、まだ会って間もない人や、言わないと絶対に困るという状況になるまで伝えたことはこれまでありませんでした。

言ったところで、どうなの?とか、なんか変な空気になるから言わないでおこうと。



ただよくよく冷静に考えると、言ったほうがコミュニケーションがスムーズにいきますし、逆にそういった弱みを暴露することで、初対面でも打ち解けやすくなるということもありえます。

変な空気になるかもみたいなところを気にしてたんですよね。



今回の入院で、

そんな難病を持ってたり、右目が見えない、右耳が聞こえないなんて見えなかった

という声もいただきましたが、これまではなかなか言いづらいものだったのです。

たとえば自分の場合だと、

右側から話しかけないでもらえると助かります。あと大人数になってくると聞こえなくなってくるので苦手です。空気になります

大人数が嫌いなわけではないですよ。

僕とはマンツーマンか5人までと話すようにすると喜びます。

といった具合にです。



他にも人生の無駄がたくさんあって、才能を活かすことは特に伝えたく、

今回の経験は間違いなく人生のターニングポイントで、
死ぬほどの経験は最強のセルフマネジメントなんだという話でした。

入院での学びのシェアがみなさんの参考になれば嬉しいです。

最後に、

本当に大事なことにフォーカスする

とは言ってもどうすればいいのか

みなさんはこんな病気の経験をする必要は全くなくて、これは世界的ベストセラーの7つの習慣で紹介されてたんですが、弔辞の場面でどんな言葉を読みあげられたいのかから逆算して、タイムマネジメントをするというものです。

さすが大ベストセラーと思いました。

本当に大事なことにフォーカスすることは、人生の幸福度が間違いなくあがります。



P.S
病気が自分のアイデンティティと以前に書きましたが、



ここにはちょっと書けない家族の問題も、死にかけた経験をしたことで怖くなり、病気が自己を本気で見つめ直す機会となるとよく聞きますが、解決しそうです

P.S.2
何が一番大事かがわかったと書きましたが、その答えは、僕はインフルエンサーのようにたくさんの人に情報発信、あるいは世界を変えるんだといった起業家というより、自分の周りの人に対して、好きなことで自分も周りも幸せにして、その先はPay forwardで世界に還元するといったものでした。

今回、好き4に社会的な意義を感じたので、好き4をこれからもっと広げることが自分のパッションになります。

ご縁ある場所に帰る場所を作る世界マイホームタウンも引き続き進めていきます。