持病の話について、具体的になにかというと、まず症状でいうと右目と右耳が不自由です。なので、直接、自分に話をするときや近づく時は左側から来てもらえるとありがたいです。

右側から来られると、無視してしまったり、ビックリします。(急に現れた!となるため。)


右耳は物心がつく時から聞こえなかったそうですが、(自分も覚えてないので、親にそう聞きました。)右目は2014年の出来事でした。

今でも忘れはしません。自分のビジネスとインターンと修士論文の3つをかなり忙しくやっていました。修士論文に関してはデータを取るのが単調な作業ばかりで、僕にとって本当に苦痛でした。

僕が1番苦手なのは単純作業です。アイデアを出すのが好きです。自分に向いてないことをしていたのでストレスがどんどん溜まっていってました。その頃は才能を活かすということも知りませんでした。今であれば、自分に向いてないことがどれだけ害なのかがよくわかっているので、止めれたんですが、そのときは周りがあまり見えてなくて必死でした。

修論前にストレスが頂点に達してその結果、ぶどう膜炎という右目が見えなくなる病気になってしまい、(正確には目が炎症で真っ白になります。)

最初はこの目が見えなくなるものがなんだかわからなかったので、12月に起きた出来事だったんですが、1月初旬締め切りの修論提出前に入院をしてしまい、結局修士論文が間に合わなかったんです。

後々、いろんな検査をしてみると、これは自己免疫疾患といって、免疫が上手く働かないことがあって風邪をひくと1週間以上高熱、復帰までに1ヶ月くらいかかったりすることがあります。

風邪をひいて1週間以上休んでても仮病ではないです。おそらく難病の1つでもあるベーチェット病だろうとも診断されてます。
 


ぶどう膜炎はこの病気の1つであっただけなんです。

私がこのぶどう膜炎を発症して入院した時は、人生について改めて考える機会を持たざるをえなくなりました。

僕の好きな講演で、スティーブジョブスのスタンフォードでの卒業講演があるんですが、その一部、

もし今日が人生最後の日だったとしたら、今日しようとしていることを私はしたいだろうか?その答えが、何日も続けて ”No” だった時にはいつも、何か変えるべきことがあると知ることができた。

を考えました。本当にいつ死ぬかわからないんだ、と病院の中で、本気でそう思いました。ちなみに両目ともになる人もいて重要な器官に症状が出るよりも確率がかなり高いようです。 両目が見えなくなるとこれまで築いてきた人生も一気に変わるでしょう。

もちろんこの言葉は大事だなというのはその病気になる前々から感じていて、いざ本当にこういった状況で「生きること」について考えると深く腹落ちしました。 

この死を感じた経験から体調が悪くなったりストレスが溜まるとこれは発症してしまうので、できるだけ体にも精神的にも負担にならないような生き方をしていきいかないといけなくなったんです。

そこで登場したのが、好き4の生き方です。
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なかなかこういったことを話す機会はなくて、聞いてもらったら全然答えるし隠すこともないんやけど、きっかけもなく話すと、意図してへんのにビックリされたり同情されちゃいます。そんなつもりじゃないんやけども。

話しても治るわけじゃないしな、と今まで機会がない限りは話も長くなるし説明することはなかったんですが、

振り返ってみると、一見普通に生活してるから誰も気付くことはなくて、詳しくは割愛しますが、これまでも話してなかったことによる大きな機会損失やら勘違いさせたことがたびたびあったこと、最近も話す機会があったからこの機会に公表しといた方がいいかなってことで、書いてます。

もちろん治ることを諦めたわけではなく、むしろここから治ったらスゴくね?くらいの勢いで過ごしてて、悲観的になってるわけではないのでご安心を。

以前ある起業家の方にこの病気の話をしたときに、

孫正義、松下幸之助、といった起業家も、大病を患いながらも悲観することなく、前向きに捉えて見事、克服した。病気で体に問題があって無茶できひんならそれに見合った生き方を作ってロールモデルになれるようにがんばれ。

って言ってもらったのが糧になってます。

色んな人と接してきた実感値として、意外となにかしらの病気やら大きな悩みを持ってるけど周りに公表せずにいる人は多いと感じてて、病気持ちやら障害持ちやらなにか抱えてる人のロールモデルになれるように情報発信していけたらなと思ってます。