なんとなくチェックしていたWebサイトで見つけた記事から始まった人生の転機

2015年の春、私の人生を大きく変える一通のメールが届きました。それは福井県鯖江市で行われる「ゆるい移住」プロジェクトの募集案内でした。当時東京で暮らしていた私は、なぜかその「ゆるい」という言葉に強く惹かれていました。

そのプロジェクトの開始は2015年の秋、それから10年。今年2025年は、まさにゆるい移住プロジェクトから10周年の節目です。振り返ってみると、あの時の決断が現在のイギリス移住、そして自由な働き方の原点だったことに改めて気づかされます。

世界青年の船が育んだ「シェアの精神」

ゆるい移住に参加する前、私は「世界青年の船」という国際交流プログラムに参加していました。この経験こそが、後の移住体験を豊かにする土台となったのです。

船上での40日間、私は世界各国から集まった青年たちと寝食を共にしました。限られた空間の中で、文化も言語も違う仲間たちと過ごす中で学んだのは「シェアすることの力」でした。

食べ物も情報も経験も、すべてを分かち合うことで、一人では到底得られない豊かさを手にすることができる。この実感は、私の価値観を根本から変えました。


特に印象的だったのは、各国の青年たちが自分の国の社会問題を「自分ごと」として真剣に語る姿でした。彼らのエネルギーに触れた時、私の中で「地方の課題も自分ごととして捉えたい」という想いが芽生えました。

運命的な出会い:「ゆるい移住」という新しい選択肢

早稲田大学大学院の卒業間近、大きな病気になり、内定先は辞退して東京で療養していた数ヶ月後、偶然目にしたのが福井県鯖江市の「ゆるい移住」募集でした。一般的な移住支援とは異なり、「住む場所は用意するから、あとは自由に過ごしてください」という、まさに「ゆるい」アプローチに心が躍りました。

正直に言うと、私は「こうしなさい」「あれをしなさい」と決められた枠組みの中での活動が苦手でした。でも、このプロジェクトは違いました。制約がほとんどない分、自分で考え、自分で行動する自由がありました。それが私の性格にぴったり合っていたのです。

鯖江での発見:空き家という「宝の山」

2015年秋、いよいよ福井県鯖江市での生活が始まりました。最初は2週間の予定でしたが、「世界青年の船」という国際交流プログラムを途中に挟んで、結果的に計1ヶ月以上滞在し、最終的に本格移住を決意することになります。

私は地方に住んだことがなかったこともあり、鯖江での日々で最も衝撃を受けたのは、空き家の多さでした。まだ十分使える状態なのに、人が住まなくなって放置されている家がたくさんありました。

世界青年の船で培った「課題を自分ごととして捉える」姿勢が、この空き家問題への取り組みへと自然に向かわせました。

ゆるい移住が終わった後も福井県鯖江市を気に入ったゆるい移住メンバーと、それぞれが得意なこと、好きなことをやりながら空きアパートを借りてシェアハウスをしたり、Airbnbをしたり、福井県の良さを発信したり、友達を集めて飲み会をしたり、毎日が充実した日々でした。その分、衝突も含めて素晴らしい体験でした。

この時、それぞれが好きな活動をしてるのをみて、「人生の余白時間の大切さ」も知りました。

そしてご縁があって5LDKの大きな古民家をお借りすることができた時、「ここで何かできる」という確信が湧きました。掃除をして、整理して、少しずつ手を加えていく過程で、この家が持つ可能性を肌で感じることができました。

同時に、「家を持つとはどういうことか」という体験も深く味わうことができました。メンテナンス、近隣との関係、季節に応じた住環境の変化など、ただの賃貸住宅では学べない「住まいの本質」を理解することができたのです。

フリーランス養成合宿という新たな挑戦

空き家を活用して始めたのが「フリーランス養成合宿」でした。私が実践していた「好き4」(一日4時間だけ好きな時に好きな場所で好きな人と好きなことを仕事にするライフスタイル)を、地方で実現できることを証明したかったのです。

5LDKの古民家には、都市部からやってきた参加者たちが滞在しながら、それぞれのスキルを活かした「フリーランスへの道」を伝授。計3ヶ月、ほとんど毎日3時間の講義、一生に一度の頑張りどきだと、自分の中では後にも先にもないくらいの合宿の密度でした。

3ヶ月の合宿は大きな空き家があったからこそできた快挙です。

またリモートワークがまだ一般的ではなかった2017年当時、この取り組みは先駆的で福井県ではまだ誰もやったことがない初めてとなるフリーランス養成合宿でした。

国際交流とイノベーション体験の宝庫

地方移住で得られたのは、フリーランススキルだけではありませんでした。仲間と一緒に始めたAirbnb事業では、世界各国からの外国人ゲストをおもてなしする機会に恵まれました。

地元の祭りに一緒に参加したり、美しい景色をドライブで案内したり。駅近の物件から山間部、海の近くまで、仲間が運営する多様な立地の民泊を通じて、鯖江の魅力を多角的に発信できました。

特に印象深いのは、当時まだ規制が少なく珍しかったドローンを、いち早く仲間たち含めて自分たちやゲストに体験してもらえたことです。空からの鯖江の美しさに、多くの外国人が驚嘆の声を上げていました。

実は、一緒に活動していた仲間の一人は、現在ドローンの免許取得学校で先生をしています。あの時の体験が、彼の人生の方向性も決めたのかもしれません。

この合宿を通じて私自身が実感したのは、「場所に縛られない働き方は本当に可能だ」ということでした。東京でなくても、地方でも、そして将来的には海外でも生きていける。その手応えを確実に掴むことができました。

海外移住への架け橋

鯖江での経験は、現在のイギリス移住の直接的なきっかけとなりました。オンラインでの仕事の仕組みを構築し、場所に依存しないライフスタイルを実証できたからこそ、海外移住という選択肢が現実的になったのです。

メディア注目と全国への発信

この先駆的な取り組みは、多方面から注目を集めました。世界青年の船での国際交流体験、空き家活用、地方移住、フリーランス養成合宿、そして「好き4」というライフスタイル。これらの要素が組み合わさった活動は、テレビ、新聞、大手Webメディアなど、メディア総出演という形で全国に発信される機会を得ました。

地方にいながらも、いや地方にいるからこそ、新しい働き方のモデルケースとして社会に影響を与えることができたのです。

地方ならではの人脈とビジネス機会

「地方ではビジネス機会が限られる」という先入観は、完全に覆されました。むしろ先進的な取り組みを行う地方では、キーパーソンとの距離が驚くほど近いのです。

東京では何重ものアポイントメントが必要な方々とも、気軽にお会いできる環境がありました。


やりたいことは何でもできる。それが鯖江で実感した真実でした。


今振り返ると、東京からいきなり海外移住していたら、きっと様々な困難に直面していたでしょう。地方移住という「ステップ」があったからこそ、環境の変化に対応する力を育むことができました。

住む場所が人生に与える影響

現在イギリスに住んで7年が経ちますが、改めて「住む場所の重要性」を実感しています。気候が体調や気分に与える影響は想像以上に大きく、特に私のように体調管理が重要な人間にとって、環境選びは人生の質を大きく左右します。

地方生活の豊かさと多様性

鯖江での生活は、東京では得られない豊かさに満ちていました。近くには温泉があり、地元の美味しい食材を使った料理を安価で楽しめるレストランも点在していました。大きな家に住みながら、ゆるやかに生きる生活スタイルを実現できました。

特に貴重だったのは、人口1万人以下の限界集落に住む仲間を通じて、村の掟やルールを知る機会を得たことです。都市部では決して触れることのできない、日本の地方コミュニティの本質的な部分を理解できました。この体験により、日本社会への視野が大きく広がりました。

東京の友人たちとの地方移住体験シェア

鯖江での豊かな体験を一人だけで享受するのではなく、東京や他の場所からの友人たちもたくさん招待しました。鯖江での活動に興味を持ってもらって50人以上は来てくれました。

彼らにも地方移住の魅力を実際に体験してもらうことで、新しいライフスタイルの可能性を共有できました。多くの友人が「地方での生活がこんなに充実しているとは思わなかった」と驚いていたのが印象的です。

中には人生に迷い、どうしたらいいのかわからない、そんな人もいましたが、地方という新鮮な空気を吸い、自分と向き合うことで、スッキリした状態で帰っていった友人もたくさんいました。

鯖江以外にも、鹿児島の指宿市、和歌山、鳥取の大山など、様々な地域で短期滞在を経験しました。暖かい場所から寒い場所まで、それぞれの気候や文化を肌で感じることで、自分に合う環境を見極める力が身につきました。

10周年を迎えて:感謝と未来への展望

ゆるい移住プロジェクトから10年。今年、他の参加メンバーと記念イベントを計画しているという話を聞いた時、心から嬉しく思いました。オンラインでも参加できればと考えています。

このプロジェクトがなければ、現在の自由な働き方も、海外移住も実現していなかったかもしれません。「住む場所を変える」という体験が、私に与えてくれたものは計り知れません。

読者の皆さんへのメッセージ

もしあなたが今の環境に何らかの閉塞感を感じているなら、住む場所を変えてみることを検討してみてください。それは海外移住である必要はありません。隣の県でも、違う地域でも、短期間の体験でも構いません。

重要なのは、「環境を変える勇気」を持つことです。新しい場所での体験は、きっとあなたの人生に新たな可能性をもたらしてくれるはずです。


ゆるい移住が教えてくれたのは、「自由な選択肢は意外と身近にある」ということでした。制約の多い社会の中でも、自分らしい生き方を見つける道は必ずあります。

おわりに:次の10年に向けて

現在、数年以内の次の移住先を検討しています。オーストラリア、シンガポール、マレーシアなど、より気候の良い場所を候補に挙げています。ただ、イギリスのレスターで7年も住んでいると、仲のいい友達ができたことで、他の地への移住は後ろ髪を引かれるのも大いにあります。

どうなるのかはわかりません。

10年前のあの日、ゆるい移住の応募を決めた自分に感謝しつつ、これからも「1日4時間、好きな時に、好きな場所で、好きな人と、好きなことを仕事にする」ライフスタイルを追求していきたいと思います。

皆さんにとっても、住む場所を変える体験が人生を豊かにするきっかけになることを心から願っています。